おやすみ

飯を食い、やがて死ぬでしょう

こマ?

前回の投稿からもう一年経ってんの?

時の流れ早すぎて恐怖(´ºωº`)

 

そんなこんなで最近はまぁそれなりに楽しく充実してるような気がする

でも本当に予定が入ってる時と入っていない時の差が激しいから今月たまたま予定が詰まってるだけでまた数ヶ月楽しみな予定無い感じになるでしょうwww

 

来年の1月には確実に転職するからぼちぼち次の仕事考えたり求人見たりしないといけないなぁ

まだ子供の手のかかるうちは自分がしたい仕事というよりも自分が動ける時間帯に働ける場所で働くしかないという( ´_ゝ`)

まぁ手がかからなくなった頃にまた転職するのもありよね

 

とりあえず温泉行きたい♨️

 

For sale: baby shoes, never worn

タイトルはヘミングウェイ作(といわれているけど定かでは無い)世界一短い小説

「売ります。赤ん坊の靴。未使用」

この一文で様々な背景を察する事が出来る

靴っていうのも重要

この靴を履かせて色々な場所に連れて行きたかったという願いも感じるからね

 

 

まぁそんなこんなで最近のアタイ

精神的にガッツリ落ちて

かと思えば急上昇

を経て徐々にフラットに戻りつつあるような現状

相変わらずの感情ジェットコースターの乱高下っぷりが酷い(^ω^三^ω^)

病院にも行ってないのに自己診断ってはんかくさいけど多分躁鬱の傾向があると思うっていうのは結構前から思っていて

躁期と鬱期の期間は比較的短い(それぞれ一週間くらい)だし徐々にフラットな状態に戻るから病院に行くほどでもないのかなって思ってたんや(´・ω・`)

誰しも葛藤を抱えている。と言い聞かせて何年も騙し騙しやってきたんですけとね、色々な感情や想いを凝縮した一言でいうと

「疲れた」

自分の特性の自覚と感情のコントロールが出来るようになりたい

もっと生きやすくなりたい

 

 

 

おー脳

夢があるって素晴らしいよな(唐突)

少し前に夢で静岡に居たときの同僚の女の子が出てきてさ、何か知らんけど

その子は同じ東北から来たことや年齢が近いし部署も同じという事もあり、仲良くなって休みの日もたまにご飯食べに行ったり遊びに行ってた

その子には夢があってその為の学校に行く資金を貯めに静岡に来たという

そんな感じで目標があるし、真面目な性格もあってその子は日々休まずに仕事に来ていたし残業や休日出勤も頑張って出ていた

ある日の仕事終わりに一緒に帰っていると、ふとその子が

「夢を諦めようかなって思うことあるんです。正直、学校に行ってもその仕事に就けるとは限らないし、就職出来たとして今くらい収入があるとは限らないし。それならこのまま今の仕事続けるのもいいんじゃないかって思ったり。」

ざっとこんな感じの事を言ってきた

彼女が目指しているものは少し特殊な仕事ということや、彼氏も一緒に東北から来てくれた事もあってそこの部分での責任感や葛藤もあったのだろうと思う

その時自分は確か

せっかく東北から静岡まで学費を貯めに来たという○○の覚悟と同じように彼も覚悟があって付いてきたのだからそこは気にしなくていいということ

もし今諦めたら一生その後悔は付き纏うだろうし、やってみて失敗してもまだ若いから余裕で仕切り直せるさ

的なクソ当たり障り無い且つ、無責任な立場からの誰でも思い付きそうな言葉をかけた気がする

 

そうして先に自分が退職して静岡を離れ、同僚という共通点が無くなったと同時に連絡も取らなくなり何年も経った今、忘れかけていた彼女が夢に出てきたのだ

目が覚めてから彼女と話した数々の内容や思い出が蘇り、妙に気になってしまった

ふと彼女の名前(少し珍しい)をネットで検索してみた

彼女は夢を叶えていたようで、目指していた仕事で多数彼女の名前が掲載されていて、インタビュー記事もあった

凄いwww(小並感)

彼女は元々決して恵まれた環境では無かったし、けれども自分で夢を見つけて自分で努力して自分で夢を叶えた

彼女があの日漏らした思いに対して、仮に自分が夢を諦めて今の仕事続けてもいいのではと正反対のことを言っていたとしても彼女は諦めずに夢を叶えていたと思うし、あの時自分が伝えた事が彼女の励みになったとは全く思わないけどwww

ただただ頑張って諦めないで良かったねぇ🥺という思いや、諦めずに努力して夢を叶えた彼女を尊敬する

 

それが分かったからと言って連絡を取ろうとは思わないし、心の中でおめでとうと思う事で充分

 

自分は幼少期から今に至るまで夢というものが無かったし、好きな事はあっても自分がやりたいとは思わなかったからいいよな、夢

自分はやりたい事や目標なんて無いから毎日ダラダラ生きてるだけ( ˙³˙)

ま〜でもその中でも楽しい事や幸せって思うこともあるしアリだよね( ˙³˙ )

 

 

もう彼女とこれからの人生で交わる事は無いのだろうけど、あの時一緒に全く知らない土地で頑張って生きていた日々は今となってはいい思い出

 

カラフル

子供の頃に読んだり見たものを大人になってから読み直したり、見直すのっていいよね

当時は漠然とこれ好きだなと感じた作品の場面ってその当時の自分の心情にマッチしているのかも知れない

子供の頃って経験も思考も未熟だけど、でも段々自分の事を分かってくるし、自分で選択出来るものも少ないから、自分が今居る世界がこの世の全て的に感じたんだよな(𓁹‿𓁹)(遠い目)

ずっと生きづらいって思っていたし、死にたいとは思っても何だかんだ自死はせずに生きてきたけど、流れ弾に当たって死ぬ分には仕方ないかくらいの気持ちで(今も)思ってるけれど

でも生きてきて良かったなって思うよ

平凡な日常の中にも非凡な喜びや悲しみはあるんだよね

その度に一喜一憂して幸せを感じたり死にたくなったりするけどそれって至って普通なんだろうな

 

最近よく昔の事を思い出すんだけど、時間が経って過去になった今になって初めて色々な答え合わせというか、分かることが多い気がする( ˇωˇ )

激しい喜びは要らない、その代わり深い絶望もない、植物のような人生(吉良吉影談)が今の自分の目指すところ( ˇωˇ )

 

なんかさー、人(もち俺含)って今まで無くても全然平気だったのに一度でも幸せを知ってしまうともう手放せないし、自分の手から離れると悲しいし虚しいし一気に不幸(厳密に言うと以前と同じ状態に戻っただけ)になるじゃん?

これって「幸せ」を知ってしまったという「不幸」なのかもと思ったり

でもそんな感じで幸せと不幸を繰り返しながら生きて行っても、一生というかなり長いスパンで見ると大体バランス取れているのかもね👁👁

一人で孤独で寂しくて心地が良い

タイトルは今生きていれば現在75歳くらい?の代々木に住むとある爺さんの言葉

親が遺した代々木の家にゴミ屋敷状態で独身で一人で住んでる

人生で働いたのは数年のみで元祖引きこもり。酒の飲みすぎで身体を壊して以降働いていない

散歩が趣味で毎月5~6万で生活している

ざっとこんな感じの人

世間一般的なお手本のような皆が羨む「幸せ」からは遠いんだろうけど、だからといって不幸でも無く慎ましい生活の中で楽しみを見つけていたようだった

自分とその爺さんは状況もなにもかも全く違うんだけど、なんと言うか自分の行き着く先の幸せもこの言葉通りの事なんだろうなと思った

 

ここ数年で凄く感じたことがあって

それは「当たり前」という常識が無くなってきつつあるんだなという事

昔は腫れ物扱いで完全にクローズなものだった「障害」が、「発達障害」が世の中に浸透して少しオープンになった気がする

「皆が出来て当たり前」から「皆と同じように出来なくても個々の能力に応じてやっていく」徐々にシフトしている

合理的配慮や療育、何より世の中の理解で完全とは言えないけれど少しでも生きやすくなるといいよね

 

 

それと、自分(現在33歳)の年代はまだ、妙齢になって良い人がいたら結婚、出産するっていうのがある程度スタンダードな考え方だったと思う

職場の20代の若い子達は結婚はしなくていい、嫌いじゃないけど子供は要らない

それよりも自由に自分の夢に向かってしたい事があったり、好きな事を楽しみたい、不自由になる結婚や子育てに希望を見いだせない

って言ってて率直にあぁきちんと考えて凄いわと思ってしまった(小並感)

 

SNSやインターネットの普及で結婚や子供を持つ事が幸せには繋がらないこと、そして現代で結婚して子供を産み育て「普通に生きる」事がどれだけ大変かという事がズバリ当事者の声で表に出てしまっているのだからそりゃー結婚や子供を持つ事に慎重になるしそこに夢や希望なんて無いよね

個人的に結婚は一番好きな人とする物ではなく、適齢期の男女がたまたまその時一緒に居る相手とするものや既成事実が出来たから(自分はコッチ)だから勢いが無いと結婚って出来ない気がする

 

するという選択肢の幸せ

しないという選択肢の幸せ

双方に別々の幸せがあるし、その幸せを両方手に入れる事は出来ないからこそ隣の芝は青く見えるんだろうけどね

 

結局何を言いたいのかよく分からなくなってきたけど(ブログ書いてる時はほぼ毎回陥る感覚)

誰かと一緒の幸せに拘るよりも、自分が幸せと感じたり楽しみを見いだすことの方がより大切な気がする

結局のところ安寧は自分の中にしか無いし、もっと自由に気楽に生きてもいいのかなと思った

 

人は出会って、別れて

無くして、また何かを手に入れる

人生ってなんか知らんけどそんな繰り返しで出来てるんだよな

ダメダメな事もアゲアゲな事も無い

人生良すぎることも悪すぎることもない

今はまだ悲しいけど、少しずつその悲しみも薄れてくるさ

大丈夫、大丈夫

辛くても日常は来るし腹も減るから地に足つけて生きていかないとね!

大人の階段と共に13階段を上る

あるコミュニティ内での浅いコミュニケーションは大丈夫(自分でそう思ってるだけ)だけど、プライベートでは関係性が深くなるにつれて上手くいかなくなる

それは人と深く関わってきたという経験値が足りないのもあるけど自分の問題が大半なんだと思う

 

 

自分が意図せず思った事が結果、相手の気持ちや尊厳を傷付けたのに「そんなつもりじゃ無かった」と反発するのって相手の気持ちを想像出来ず、自分の正解にしがみついていたんだろうな

 

相手が何も言わずに離れて行ったとしてもそれはもう離れていった時点で自分への関心は無くしていて、どう苦しまずに関わらずに自分と離れるかという相手が出した結果なのだから自分の気持ちでそれに縋る事はただの自己満足で余計に相手を苦しめてしまうのだと分かった

自分よ、

相手の気持ちを尊重するという事はイコールで相手の決断を尊重するという事なのよ(´・ω・`)

 

 

優しさは相手へのものじゃなくて自分へのものだから

よく聞くけど

自分を大事に出来なかったり、救えない人は本当の意味で誰かに優しく出来たり救うことは出来ないんだろうな

自己肯定感が地の底で認知が歪み承認欲求を追い求めてしまう自分が本当の意味で誰かを思いやるのはまだ難しいのかもしれないけど、大切な人には自分の出来る限りをしたい

 

 

 

普通と異常

普通とか異常とかもう分かりません(´<_` )

世間一般的(最早この言葉さえ疑ってしまってよく分からない)に見てもうちの家族は異常sy…マイノリティの集まりなんだけどさ

自分の人格が異常って分かってるのに我が子を導いていかなきゃいけないという重圧よ…

世の中で一番信用出来ない奴でお馴染みの自分が子供に何を言っても嘘っぽく感じるのです

常に自分の中の「正しさ」を疑って生きているのですから

自分の親の事を反面教師にして子供に接してるつもりなのですが、そうしていると段々と子供に自分の幼い頃を投影してしまうのです

そうするとどうしようもなく腹立たしくなったり、情けなくなるんです

そんな自分が一番情けないし、嫌になります

全て投げ出して逃げ出したいけどそんな無責任な事ってありません

こんなダメダメな母親でも息子は私の事が大好きなんですよね

そして自分も息子が大好きです

誰かが言っていたけれど、無償の愛って親から子供へじゃなく、子供から親にくれるものなんだなぁって実感しました

 

何があっても日常は続いて行くし、これからも自分は常に自分を問いながら生きていくんでしょう